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■対話から逃げる「自称・人権派」の社会健全化は怖い

 ノンフィクション作家の中村淳彦さんが、『熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実』(ナックルズ選書)という新刊を出した。
 日刊SPAの記事で、中村さんはこう言っている。


「セックスワークを『女性からの搾取』と批判する声があるのは知っていますが、貧困に陥ったり、社会から外れてしまったりした女性のセーフティネットとして、長い間、機能していたのは事実です。
 批判しているのは学歴の高い富裕層の女性たちでしょう。
 風俗や売春は今に始まったことではなく、ずっと昔から裸やセックスによって男性のお金が貧しい女性に再分配されており、実際に上手く回っていました。
 ところが、格差が拡大して多くの女性が経済的に困窮し、セックスワークの志願者が増えすぎた。
 その結果、風俗や売春からもこぼれ落ちる熟女が近年増えており、今回、そんな熟年女性たちの日常や現実を書きたいと思ったんです」

 セックスワークを「批判しているのは学歴の高い富裕層の女性たち」という指摘は、たとえば、以下のような活動をしている女性たちのことだろう。


 国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ(HRN)は3月3日、タレントやモデルとしてスカウトされた若い女性が、アダルトビデオ(AV)への出演を強要されている被害が国内で相次いでいるとする調査報告書を公表した。
 AV出演をめぐる相談が約3年で72件寄せられ、相談後に自殺した女性もいたという。
 HRN事務局長の伊藤和子弁護士によると、AV出演の強要は、プロダクション会社が女性と契約し、AV制作販売会社に女性を「派遣」して出演させる構図で起きている。
 AV出演は労働者派遣法で派遣が禁じられた「有害業務」に含まれるため、会社側は派遣法違反の可能性があると指摘している。
 HRN副理事長の後藤弘子・千葉大大学院教授(刑事法)は「10~20代の女性被害者が多い。社会的な力が足りない女性につけ込み、食い物にした人権侵害が放置されている」と話す。
 AV業界に監督官庁がないことから、規制が不十分だとして、業界の監視強化や被害者を救済できる法改正などを求めている。
(以上、2016年3月3日付の朝日新聞より)

 朝日新聞の記事では、「自殺」という言葉でセックスワークの現場が特別に深刻であるかのように演出されている。
 だが、ダマされて不当な仕事をさせられ、自殺に追い詰められた人は、セックスワーク以外の業界の方が圧倒的に多い。

 たとえば、東京電力が下請け企業を通じて集めさせ、ひ孫請け(3次下請け)で働いている福島原発の作業員は、元請けが日当5万円と提示していても、実際は1万3000円しかもらっていない。
 しかも、体内被ばく量が規定値の最大を記録すれば、解雇される。
 そのため、失業の不安から、福島以外の原発でさらに被ばく労働をするように導かれる「原発ジプシー」になる元ホームレスなどもいる。
 彼らは、彼ら自身が容易に就ける仕事が無いだけで、放射能という”見えない殺人鬼”に犯されながら、自殺か殺人かわからないまま、亡くなっていくのだ。

 セックスワークが他の業界よりもはるかに深刻な事情をもっていると主張したいなら、その「はるかに深刻な事情」を明らかにする必要があるだろう。
 不当な労働を強いられることは、誰にとっても問題なのだ。
 そこで「セックスワークだから問題」という刷り込みに居直るのはおかしいのではないか?

 もっとも、「自称・人権派」の高学歴の女性たちは、そんな疑問を熟慮することもなく、何のためらいもないまま、セックスワーク自体を忌み嫌って「社会の健全化」を一方的に推し進めようとする空気を醸し出している。
 だから、AV業界や風俗業界などで働く人たちや、その業界をよく知る人たちから、「何も知らないくせに」と反発されてしまうのだ。



●当事者不在の人権活動は、当事者の人権と生存権を奪う

 セックスワークは、「自称・人権派」にとっては無くなってほしいものかもしれない。
 だが、現実の世界ではむしろ、合法化で内情を「見える化」することによって、セックスワーカーの健康を維持できる仕組みにした方が、セックスワーカーや客、一般市民への性病感染を防いだり、男性客から女性ワーカーへの暴力を防げるような労働環境の改善も期待されている。

 2015年8月、世界最大の国際人権NGOアムネスティーは、セックスワーカーの人権擁護決議を採択した。
 同意に基づくセックスワークの全面的な非犯罪化を支持す方針を立てることを提言し、他の職業と同じように法的保護を十分に受けられるように、全面的な法改正を各国に要請するという内容だ。
 2015年8月12日付のCNNの記事を、以下に引用しよう。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、8月11日にアイルランドのダブリンで開いた方針決定会合で、性産業を犯罪としての取り締まり対象から除外する措置を支持することを決議した。
 アムネスティのサリル・シェティ事務局長は、「性労働者は世界で最も疎外されている集団の一つであり、ほとんどの場合、常に差別や暴力、虐待の危険にさらされている」と指摘した。
 アムネスティ幹部のキャサリン・マーフィー氏は、刑法の適用除外を支持するのは合意に基づく成人の性的労働や、成人同士の間での合意に基づく性の売買に限ると強調した。
 一方で、性的搾取や虐待、人身売買、子どもの関与を禁じる法律の撤廃を求めているわけではないとマーフィー氏は述べ、「そうした法律は断固として必要であり、われわれがそれを容認することは断じてない」と話している。
 アムネスティが2年がかりで行った聞き取りなどの調査では、警察官と性労働者の間に「敵対関係」があることが判明したといい、もし性取引が合法化されればそうした関係が改善されると予想している。


 日本でも、セックスワークの社会的価値をよく理解している人たちによって、セックスワークの労働環境を改善するさまざまな試み(←クリック)が行われている。
 そうした試みについて、HRN事務局長の伊藤和子弁護士副理事長の後藤弘子・千葉大大学院教授はどこまでご存知なのだろうか?

 彼女たちが出演する公開イベントで質問が許されるなら、参加した人は尋ねてみよう。
「仕事ではなく、プライベートでセックスワーカーの友人とつきあっていますか?」と。
(朝日新聞の記者も、こう尋ねてみないと、取材したことにはならないよ)

 学校で生徒が先生に言えないことがたくさんあるように、仕事で向き合う相手には個人的かつ深刻な悩みをうち明けるには大きな勇気がいる。
 生きるのに苦労している当事者は、日頃から自分が何を言っても否定されない相手を求めてる。
 どんなにつらい話でも、ドン引かないで聞いてくれる人を探してる。
 だから、伊藤弁護士や後藤教授がプライベートでセックスワーカーと深い仲だったなら、ご両名の言動は日頃からセックスワーカーから共感・支持されているはずだ。
(今のところ、セックスワーカー当事者たちから伊藤弁護士への言動をする支持する声は上がってない。それどころか、反発の声が上がっているし、facebookでも事実誤認が指摘されている

 逆に、セックスワークに従事する当事者の声に基づかないまま、セックスワーク自体を忌み嫌っているとしたら、セックスワークという職種を不当に貶める差別になる。
 実際、貧困の底辺で今日の現金を切実に必要とする人が、セックスワーク以外に頼れない場合、人権派によってセックスワークを奪われてしまったら、自殺や親子心中もありうる。
 それは、人権派を気取るつもりが、人権と生存権をないがしろにした結果だ。

 職業選択の自由が憲法で保証されていても、現実にはさまざまな事情からセックスワーク以外に就けない人たちもいる。
 セックスワーカー当事者たちから仕事を奪うなら、その代わりとしてべつの職種を作り出さなければ、失業・貧困に手を貸すのと同じだ。
 だから、高学歴・高所得の人の進める「社会健全化」の圧力は、とてつもなく恐ろしい。

 そこで、セックスワーカー当事者の声を聞かないまま、「男たちに性奴隷として働かされている風俗嬢を救済しなくては」と盲信し続けているなら、セックスワーカーは「人権活動家は私たちと対等な関係や対話を求めていない」と考えるだろう。
 実際、対等な関係なら、「支援」なんて言葉は使わない。
 友人に向かって「支援してあげる」なんて上から目線の言葉を、誰も言わないはずだ。
 「一緒にがんばろう」と言うはずだ。

 どうしてもセックスワークをさせたくないなら、風俗を安全な職場環境に変えられる経営主体になればいいだけのこと。
 それをいきなり一掃しようというのは、とても乱暴で権力的な発想だ。人権を持ち出すなら、セックスワーク以外の会社ですら「副業禁止」という違法な内規を当然としてる大きな社会問題を解決するのが最優先課題のはずだ。
 どこの会社でも副業歓迎になれば、個人所得が増え、人権活動や貧困解決の活動資金への寄付も増えるし、ワークシェアリングのチャンスも増やせる。
 そうすれば、セックスワークが唯一の選択肢だった人を他の選択肢へ動機づけることもあるかもしれない。

 それでも、セックスワークが職業選択の自由によって国民が選べる職種の一つであることには変わりはない。
 だから、どんな職種でもそうであるように、イヤイヤやってるなら、辞めた方がいいし、他に容易につける職種を増やすなど、辞めても困らない仕組みを作ることはやはり課題になる。
 だから、そうした仕組みを作ることに挑戦している人も現れてきた。
 僕には、彼女こそ「本物の人権派」に見える。
 こうした動きを「自称・人権派」が知らないなら、あまりにも不勉強なのだ。
 物事には、必ず良い面と悪い面があり、それは切り離せない。
 無理やり切り離そうとすれば、それは弱者をさらに不幸にする。
 しかし、高学歴の高所得者層には、「高学歴になれば高所得になれる」という良い面だけを見て、「低学歴になれば低所得になる」という都合の悪い面に対しては「勉強すればいいじゃん」で思考停止する”とんでもないバカ”が少なからずいる。

 みんながみんな、文科省が勝手に決めた学力で高所得になれるわけではない。

 なのに、彼ら一部の高学歴層は、ダイバーシティ(多様性)の尊重をお題目にしたがり、偏差値50未満の国民を見下ろす構えを疑わない。
 それどころか、低所得層から貧困化して「格差の底辺」でなんとか生き残ろうと必死になっている人たちから、彼らがやっとありつけた仕事すら奪おうとすらする。
 しかも、そうした自分の愚かな活動を「社会の健全化」の名の下に正当化しようとするのだから、価値の一元化を進めたナチスもびっくりのことが現代の日本で起こっているのだ。

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